佐藤光雄の切り絵日記

オリジナル切り絵創作活動を記載

葛飾北斎の「男浪」完成品を公開します

葛飾北斎の肉筆画である「男浪」を切り絵にしました。黒い紙のカットでは複雑な線がほとんどなので苦労しました。ただし彩色部は色鉛筆を用いました。これは長野県小布施にある北斎館に行ったときに見た天井絵です。これを年賀状デザインに使用します。

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切り絵作品カードを並べて(2)

過去に制作した切り絵作品をハガキにプリントして、それをファイル化することで「作品全集」を制作中です。総数は500を超えるので時間がかかって大変です。プリントしたものを一部並べて写真に撮りました。

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葛飾北斎 男浪の切り絵黒紙カット

信州小布施の北斎館には、葛飾北斎が描いた上町祭り屋台の天井絵があります。それは「男浪図」と「女浪図」ですが、その男浪について切り絵にしようと思いました。下絵を描いて黒紙のカットを完了させました。各所に「つなぎ」が入っています。

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雑談コラム

最近は、体力と耐力が低下してきており、「切り絵の制作」に真剣に取り組む時間を持てなくなってしまいました。新しい作品がなかなかできなくて、困っています。

技術士会東北本部の会誌に、私は「雑談コラム」という読みやすい1ページの記事を作成してきました。今回はそれを紹介します(写真から本文までは読めませんが)。タイトルは、「お札とその印刷の話」「携帯電話の進化とスマートフォン」「自動車について考えてみよう」「鉄道と蒸気機関車の話」「電気の歴史」「紙の歴史と技術」などがあります。

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私の白黒切り絵作品カード

私はこれまでに500点を超える切り絵作品をつくってきましたが、その半分以上はたぶん「白黒の建築物」切り絵です。その作品の中から一部分をカードにプリントして並べてみたのが下の写真です。

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「秋」に関する切り絵

もうすぐ10月です。もう秋の気配がいっぱいですが、私が制作した秋をイメージする切り絵を2点紹介します。一つ目は2枚の異なる色の紙を重ねて切り、ずらして貼ったもので「モミジとススキ」です。

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仏像切り絵の紹介

私の切り絵作品は、その多くが建築物であるように思います。でも中には仏像を切り絵にした作品もいくつかあります。その場合「光と影」を切り分けて白黒作品にすることになり、下絵作成に工夫が必要です。下記に紹介するのは「釈迦如来坐像」「十一面観音像」「地蔵菩薩像」の3点です。

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お寺さんの「おたより」表紙に切り絵

私の実家が属しているお寺は角田市枝野の東禅寺です。この東禅寺はお盆の夏と新年の正月に「東禅寺だより(報恩)」を発行して各戸に配っています。その表紙にはもう10年ほど私の切り絵を採用していただいています。白黒作品で仏教に近いテーマの作品にしています。

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角田市長泉寺の山門を切り絵にしました

私の生まれ故郷角田市にある長泉寺はとても歴史がある大きいお寺です。その山門を切り絵にしました。山門の奥に見える部分を灰色紙で切って遠近感をもたせています。

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村田町に「蔵」の切り絵2点を寄贈しました

村田町の蔵を題材にした白黒切り絵を続けて2点制作しました。A3よりも大きいサイズのものです。この2作品をもって村田町役場地域産業推進課を訪ねて、村田町の観光PRに役立ててもらえないかと相談し、それぞれ約1か月をかけて制作した切り絵2点を寄贈しました。

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仙台駅一番線ホーム端にある絵

仙台駅の一番線ホームの東側の壁面に、何枚かの絵が掲示されています。これらはJR東日本が募集して、それに応じた人たちが描いたものですが、その一番東端部にあるのが、私の「伊達政宗」です。その絵を描いているときの写真です。冬の寒いときでした。

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